「はっきり言ってやる。バーテンはお前には無理や、今日で辞めにしろ!」
彼はうつむいたまま、顔を上げることができなかった。
泣いていた。
隣にいた私は言葉を発することができなかった。
今も昔も変わらない金曜の夜、今夜も私の店は大勢のお客でにぎわっている。
続々とやってくる、カクテルのオーダー。
何年経ってもこの瞬間は緊張とも違う特別な興奮がある。
あの日の夜もこんな風だった。
フロアに100席、長さ15メーターにも及ぶカウンターには16席、バブル絶頂期につくられた店は重厚で華やかしかった。
カウンターに入ることを許されるのは2人だけ。同じ歳のKと私は仲が良かったが、仕事ではいいライバルだった。常時20〜30のカクテルオーダーがひっきり無しにやってくる。
口頭で通されたそれを、ほぼ記憶して作り続ける。
一晩で延べ500杯超、そんな凄まじい活気に包まれる金曜の夜が好きだった。
仕事帰り、Kと私はあるバーをたずねることにした。
「バー39」 泣く子も黙る業界の大御所の店だ。
私たちは恐る恐るそのドアを開けた。
店に客は一人だけだったが、入れ違いにその一人も出て行った。
私達は、無難なロングカクテルを注文した。
カウンターだけの小さな店、マスターの眼光は鋭く、その横には直立不動の若い見習いの男が一人いた。
取り留めの無い会話のなかで私達がバーテンダーであることに気づくやいな、マスターの口調は厳しく変わった。
「土井!店を閉めるぞ」
見習いの男にそう命ずると、今度は私達にこう言った。
「マティーニ作れるか」
(後編につづく)